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人生朝露

人生朝露

井の中のカフカ。

荘子です。
荘子です。

フランツ・カフカ(1883~1924)。
フランツ・カフカ(Franz Kafka(1883~1924)と荘子をやっています。

参照:Wikipedia フランツ・カフカ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%AB

参照:カフカと荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5106

今日はシンクロニシティ話を。
井伏鱒二『山椒魚』。  『カフカ寓話集』 池内紀編訳 岩波文庫。 
井伏鱒二の『山椒魚』と、カフカの『巣穴』。どちらも1923年前後に書かれていまして、どちらも存在感のある動物の穴の中での生活と苦悩を描いた短編小説です。井伏さんの『山椒魚』は彼の処女作ですし、カフカは生前に評価のあった人ではないので、お互いの存在も、作品も、彼等が執筆に没頭しているときには知り得るはずもありません。

ここで読んでいただきたいのが、これ。
『荘子』の「穴と動物の寓話」といえば、これ。
Zhuangzi
『公子牟隱机太息、仰天而笑曰「子獨不聞夫?井之?乎?謂東海之?曰『吾樂與!出跳梁乎井幹之上、入休乎缺甃之崖、赴水則接腋持頤、蹶泥則沒足滅?、還?蟹與科斗、莫吾能若也。且夫擅一壑之水、而跨??井之樂、此亦至矣、夫子奚不時來入觀乎?』東海之?左足未入、而右膝已?矣。於是逡巡而卻、告之海曰『夫千里之遠、不足以舉其大。千仞之高、不足以極其深。禹之時、十年九潦、而水弗為加益。湯之時、八年七旱、而崖不為加損。夫不為頃久推移、不以多少進退者、此亦東海之大樂也。』於是?井之?聞之、適適然驚、規規然自失也。』(『荘子』 秋水 第十七)
→公子牟は机に肘をかけたまま大きく息をしたかと思うと、天を仰ぎ見ながらこう言った。「あなたは、破れ井戸の蛙の話を知っているかな?東海の海亀にその蛙は言ったそうだ『ああ!なんて楽しいんだろう!井げたで飛び回ったり、崩れた石壁の上で一休みしたり、水の中からあごを出して周りの様子を眺めたり、泥を踏み込んで足を埋めて遊んだり!ボウフラや蟹やおたまじゃくし、周りの奴らは、私の足元にも及ばない。このボロの井戸の中では私が水を独り占めにできるのですよ。これ以上の喜びなんて他にあろうはずもありません、海亀さんも入ってみてはどうですか?」と誘ったのだ。しかし、東海の海亀は入ろうとすれでも、左足が入る前に右の膝がつかえる始末。亀は後ずさりしながら『私の暮らす東海は、千里という単位ではその長さを測ることもできず、千仞という単位でも深さを言い表すことはできない。禹の時代に十年のうち九度も洪水になったのだが、その大水でも海の水かさは変わらなかった。湯の時代に八年のうち七度の干ばつがあったが、そのときも海の水かさは変わらなかった。時の長短の推移や、水の多少の量の変化ではその営みは推し量れない、それが東海の楽しみだ。』破れ井戸の蛙はその話を聞いたとたん、目を回して驚いて、そのままきょとんとのびてしまった。」

参照:秋水篇の世界。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5068

いわゆる「坎井之蛙(かんせいのあ)」「井の中の蛙」の話です。現代でも使われる『荘子』を代表する寓話です。狭くて暗い破れ井戸の中で、足下のボウフラや小さな蟹を見下して悦に入っている蛙。これは、冒頭の逍遙遊篇で、遮るもののない天空へと羽ばたき、そこで、空の遠さや、空の青さを問いかける大鵬の飛翔と、それを笑う小鳩や蝉たちの寓話のアレンジでもあります。

参照:大鵬図南と"From a Distance"。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5084

井伏鱒二『山椒魚』。
井伏さんの『山椒魚』は、宋玉の『対楚王問』にある「尺沢之鯢(せきたくのげい 小さな沢のサンショウウオ)」と、荘子の「井の中の蛙」という、いずれも些事に囚われて見識を狭くする人への比喩として使われる言葉をミックスして作られています。『山椒魚』には蛙も出てくきますし、蛙にセリフはあっても、山椒魚が馬鹿にする蝦にはセリフがないというのも『荘子』の寓話と同じ構図です。

≪山椒魚は岩屋の出入口から谷川の大きな淀みを眺めることができた。(中略)多くの目高たちは、藻の茎の間を泳ぎ抜けることを好んだらしく、彼らは茎の林のなかい群れをつくって、互いに押し流されまいと努力した。(中略)それ故、彼等のうちの或る一ぴきだけが、他の多くの仲間から自由に遁走していくことは甚だ困難であるらしかった。山椒魚はこれ等の小魚たちを眺めながら、彼等を嘲笑してしまった。「なんという不自由千万な奴らであろう!」(井伏鱒二 『山椒魚』より)≫

岩屋の穴の中に閉じこめられている山椒魚は、群れの中でしか生きていけない目高たちを嘲笑してしまいます。これは「井の中の蛙」の直後にある、泥の中の亀でありたいという「曳尾塗中(えいびとちゅう)」の寓話を意識してのものでしょう。ショーペンハウアーの「ヤマアラシのジレンマ」という寓話と似ていますね。

参照:曳尾塗中と籠の中の鳥。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5085

『カフカ寓話集』 池内紀編訳 岩波文庫。 
≪このひとけなく静まりかえった巣穴を目の下にながめていると、安全といった効用はいささかも思わない。ここが我が砦だとあらためて思い返す。ひっかいたり、噛みついたり、足踏みしたり、頭突きしたりして、ままならぬ大地からぶん取った。余人のだれのものにもなりえない。(中略)それにいつもここで、半ばやすらかに眠りつつ、半ば楽しげに目覚めながら、つねづね通路で過ごしている甘美な時があるではないか。ただ自分ひとりの通路であって、気持ちよくからだを伸ばし、子供のように転げまわり、夢見つつ寝そべって、至福の眠りの眠るところ。どの小広場も隅から隅までよく知っている。どれも同じように見えるが、目を閉じていても肌に触れる壁の具合ではっきりと区別がつく。(カフカ『巣穴』より)≫

・・・カフカの『巣穴』は、『山椒魚』と違って自分で掘っていく穴だし、出入りもできるんですが、より井の中の蛙の心境に近いです。

マトリョーシカと七福神。
『山椒魚』と『巣穴』の共通点は、簡単に言うと、人間の意識の入れ子構造を描いているというところ。同じように『荘子』という書物は、人間の内と外の多層構造を、詩的な表現とも思える筆致で描き出します。穴の中の穴、籠の中の鳥、鏡の中の私、影の中の影、夢のまた夢ですが、特に秋水篇は外篇のなかでも白眉。老荘思想と禅は、こういう分野について世界的に見ても比肩しようのない深度から発せられます。

参照:共時性と老荘思想。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5093

坐禅蛙画賛。
「坐禅して、人が佛となるならバ(坐禅蛙画賛)」

ちなみに、マトリョーシカって、達磨さんとか七福神の人形といった日本の人形がロシアに渡ったものなんですよ。

参照:マトリョーシカ人形
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%AB%E4%BA%BA%E5%BD%A2

参照:荘子と『水槽の脳』。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5075

『カフカ寓話集』 池内紀編訳 岩波文庫。 
≪この広場にも食糧の備蓄をしている。巣穴でしとめた餌のうち食べきれない分や、外で手に入れた分をここにここに運んできて積み上げておく。たっぷり半年分入れても広場はまだうんと広いのだ。積み上げた山と、そこから立ち上る匂いを楽しみながら現有量の検分もできる。(中略)あまりにもたっぷりあるものだから、つい食べることがおっくうになって、まわりをかすめていくちょこまかとした獲物のには見向きもしない、(以下略)。(カフカ『巣穴』より)≫

Zhuangzi
『今吾觀子、非聖人也。鼠壤有餘蔬、而棄妹之者、不仁也。生熟不盡於前、而積歛無崖。」(『荘子』天道 第十三)
→今拝見したところ、あなたは聖人ではありませんね。【鼠の穴】に食物の残りがあるというのに、愚かであるということで彼らに与えないのは、不仁でしょう。生ものや煮物がおびただしくあるのに、無尽蔵に積み上げていらっしゃいます。

フランツ・カフカ(1883~1924)。
前回も書きましたが、カフカは、どうも『荘子』をキーワード検索してそれを繋げて話を作るというようなことをやっています。

カフカと荘子 その2。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5108

『巣穴』の検索キーワードはそのものズバリ「穴」(笑)。

ウサギの穴を覗くアリス。
というわけで、次回も「穴」です。

参照:Down the Rabbit Hole
http://www.youtube.com/watch?v=pHte24GGHD4

The Matrix - Tumbling down the rabbit hole. . .
http://www.youtube.com/watch?v=TbYirSi08m4

『マトリックス』と胡蝶の夢。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5102

今日はこの辺で。


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